王様ペンギンの本棚

パニグレ創作物置場(主にSS)として活用中です。

この願いをあなたは知らない<ワタ指>

「全く卿には驚かされるよ」
「私はまだまだヒヨっ子ですからコールダック隊指揮官殿に気にかけていただくようなものではありませんよ」

廊下のど真ん中でバチバチと睨み合う二人に基地の廊下を行き交う人々が遠巻きに見ては避けるという奇妙な光景。
一人は歳の頃は40代、身長は170cm痩せた体型に年相応に薄くなってきた頭髪の男性。
もう一人は20代前半、身長は175cm弱の細身だが鍛えられた体躯の女性。

「なにを!ご謙遜を召されるな!家名に負けぬご活躍・・・!期待しておりますぞ」
「ありがとうございます」

交わす言葉は通り一片の社交辞令、なのに二人の視線は互いに不快極まりない表情浮かべていた。
痩せ気味の男性がイライラとした表情で薄くなった栗色の髪を手櫛で整える。
背の高い女性の方がニヤニヤと笑い顎に手を当て、薄くなった頭髪を見下していた。
その視線に男性は苛立ったのだろうジロリと女性を睨み返す。

「時に、グレイレイブン隊の指揮官殿、卿は構造体を増やされないのか?」
「・・・うちは小隊ですので少数精鋭でと考えております、それに戦果は上がっておりますので問題ないかと」
「いやいや小隊とはいえ量産型の構造体を後、10体ほどは必要でしょう?斥候を任せるものは壊れやすいのか、すぐに消耗してしまいますからな」
「・・・私は構造体は使い捨てではないと思っております」
「はっ!甘いことを・・・戦場において奴らは盾として使うこともあるでしょう?盾に気遣いなど片腹痛い!!」

指揮官と呼ばれた女性は豪奢な赤毛、緩くカーブを描く長い赤毛の女戦士は引き攣りながら口角をあげる。
その怒りを感じコールダック隊指揮官は薄い茶色の瞳を泳がせる。

「あなたの部隊では負傷者が多いと・・・」
「負傷者とは人聞きの悪い!故障でしょう?たかが構造体ごときに・・・」

指揮官が虎のように瞬く琥珀色の瞳でコールダック隊指揮官を睨みつけ口を開きかけた瞬間・・・

「指揮官」
「なんだリー」
「ご歓談中、申し訳ありませんがそろそろお時間です」
「ふっ、そうか?コールダック隊指揮官殿に武術訓練のお願いを申し出ようと思っていたのだが」

指をバキバキと鳴らす指揮官からジリジリとコールダック指揮官は後ずさる。

「時間ならしょうがない・・・コールダック隊指揮官殿、またの機会に」
「そうしよう卿に怪我をさせては後味が悪い」

そそくさと去って行くコールダック隊指揮官を後にグレイレイブン隊指揮官は足早に執務室に戻った。

「リーー」
「なんですか指揮官?」

入るなりにリーを睨みつける指揮官をリーは面倒だなという視線を向ける。

「ぶん殴る絶好のチャンスだったのに」
「止めなかったら軍法会議ものの暴力事件を起こすところでしょう?」
「くそっ!」

ボスッ!と指揮官はデスク横に何故か置かれているスタンド型のサンドバッグに拳をぶつけた。

「あっ・・・本気で殴らないでください!僕が何回縫い直したと思ってるんですか!」

サンドバッグから細かい砂がサラサラと漏れているのに気付いたリーが指揮官を諌める。

「うるさい・・・あのハゲ野郎・・・」
「暴言はグレイレイブン隊の品性に関わりますよ」
「リーあいつはなぁ!」
「知ってます、構造体殺しのコールダック隊指揮官・・・有名ですよね」

中年男性はコールダック隊指揮官、主な任務は軍の運輸活動だがいかんせん人使いが荒い・・・否、構造体使いが荒い。
構造体なら替えがきくと量産型は使い捨てられることが多いらしい。

「全くガーガーガーガーうるせぇアヒル野郎が!」
「指揮官・・・あなた一応、女性でしょう?」

二度、指揮官補佐のリーに諌められるとギラリと指揮官がリーを睨む。
射殺しそうな視線に普通の人なら怯えるだろうがリーは慣れているので怯えたりはしない、しかも怒りの原因は構造体を使い捨てにする事に対してなのだからリーは嬉しくても怒ったりはしていなかった。

「クソっ」

指揮官がサンドバッグに回し蹴りをした。
サラサラとまた砂が漏れ出す先程より量が多く穴が広がったようだ。

「指揮官!もう縫い直しがきかないですよ!何個潰せば気がすむんですか!」
「はっ!訓練にかこつけてアヒルの股ぐらに蹴りを一発!去勢したら気が済んだかもな!!」

ドスドスとサンドバッグを気が済むまで殴り終わった頃にはサンドバッグの砂は三分の一ほど流れてしまっていた。

『はぁ・・・うちの指揮官は本当にゴリラなんじゃないか?』

心中呟いたリーは諦めたように箒で掃除を始めた。


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

サンドバッグの砂をばら蒔いた事をネチネチとリーに言われた後に溜まりに溜まった書類仕事を片付けた指揮官はとある場所に向かった。

キョロキョロと辺りを見回しそっと空中庭園の公園の隅にある生垣を越えるとそこには公園の備品の置かれた物置と人が一人二人寝転がれそうなスペースの陽だまりがあった。
毎日ではなくたまに公園の管理人が物置を利用するくらいでほとんど無人の小さな隠れ家的なスペースにいい具合いにサンザシの木がそびえ立ち日除けにもなっている・・・そこにそっと足を踏み入れる挙動不審な指揮官、時刻は午後三時過ぎ陽だまりには指揮官の大切な友・・・猫達がお昼寝に集まっていた。

「ふふふっ可愛い・・・野良ニャン達はお昼寝真っ最中・・・オヤツいるかな?」

そっと近づき頭を撫でても猫達は逃げたりしない。
そう身長175cm赤毛琥珀色の瞳を持つ黙って立っていれば"ふるいつきたくなるような美女"のリー曰く頭のいいゴリラ女のグレイレイブン隊指揮官は動物には好かれる。
猫を撫でてにんまりと笑う彼女の顔は緩みきっていた。

「むふふふーもっふもっふだねーオヤツ出しちゃったら起きちゃうかな?」

──────────ガサッ

緩みきった顔で猫を撫でていた指揮官が物音に振り向くとそこには白猫を抱き立っている構造体の男性がいた。

「あっ!シロ!」

突然の大声にビクンと身を揺らせる構造体はオブリビオンのリーダーのワタナベだった・・・がグレイレイブンの指揮官の視線はそのワタナベの腕の中の猫しか見ていない。

「シロー!最近見てなくて心配してたんだ!」

迷うことなく猫に近づく指揮官つまりワタナベにも近づくことになる訳で。

『なんだ??オブリビオンのワタナベと気づいてないのか?ついこの間、会ったばかりだろ?』

「ありがとうワタナベ」

ワタナベの腕の中にいる白猫を撫でながら指揮官が言った。

「なんだ分かっていたのか」
「うん、シロの足の毛が剃られている部分にうっすらと傷がある。数日前から見かけないなと心配していたんだ・・・怪我していたシロを保護して手当をしてくれたんだな、ありがとうワタナベ」
「よくひと目で分かったなさすがグレイレイブン隊の指揮官」
「それにパーソナルキャットのシロが懐いている・・・ワタナベは良い奴なんだな!」
「パーソナルキャット?」
「決まった相手にしか懐かない猫のことだ・・・さらに白猫、金眼銀眼のオッドアイは気難しいと言われている・・・そんなシロが大人しく抱かれているなんて信じられないぞ」
「そうなのか?足を引きずってる猫がいたから捕獲して手当した、ただそれだけだ」
「ふふっシロの毛艶もいいし少し太った?大事にされていたんだな?」

ヨシヨシと猫を撫でる指揮官をワタナベは複雑な表情で見ていた。

『戦場で見た鬼神のような女には見えないな・・・猫好きなのか』

「ワタナベ、シロにオヤツをあげていいか?」
「あ・・・ああ私の猫ではない今日は保護した場所に戻しに来た、それだけだ」
「ありがとうワタナベ」

ワタナベが猫を降ろすと昼寝をしていた猫達がシロに寄ってきた。
鼻先を付け合わせたり頭を擦り合わせ互いに久しぶりと挨拶をしているようだった。

ワタナベは自然と頬を緩ませて再会を喜び合う猫を見ている。
その姿を見た指揮官が、ふふっと笑いオヤツを取り出した。
市販のドライフードや鰹節を持参した容器に入れて置くと猫達が集まってくる。

何の言葉も交わさずにニコニコと二人は猫を見ていたがしばらくしてから指揮官が口を開いた。

「なぁワタナベお前はオブリビオンのリーダーで私とは敵対する関係だ」
「そうだな・・・今日はたまたまだ」
「いや、たまたまでは悲しいではないか?!今日この日から空中庭園においては不可侵とし・・・・・・」

言葉の途中で止まり言い淀む指揮官をワタナベが覗き込む。

「?不可侵・・・とし?」
「わっ・・・私と・・・」
「指揮官?」
「私と!猫友になってくれ!!」
「猫友?」
「そうだ!私は私は・・・」

拳を握る指揮官をワタナベは困惑した顔で見ている。

「指揮官落ち着いて話してくれ」
「私は・・・友達がいない」
「そうなのか?」
「軍の腐った野郎とは話したくないしルシア達は友というより仲間だ・・・こう好きな事をキャッキャウフフと話す相手は・・・いない」

ワタナベはますます困った顔をしている。

「指揮官すまないが私は・・・」
「ワタナベは猫が好きだろ!」
「いや・・・そんな事は・・・」

そう答え胡座をかいたワタナベの膝にはシロが丸まっている更には肩に三毛猫が乗っていた。
その姿をじっと見た指揮官は納得という顔でうんうんと頷いている。

「うっ・・・猫は好きだがキャッキャウフフは・・・」
「そ!それはちょっと勢いで言ってしまっただけでワタナベにはそんなのは望んでは・・・ない」
「そうか・・・なら今日限りの猫友なら」
「ワタナベ・・・宿舎に空きがある」
「はぁ?」

ニヤリと笑う指揮官は戦場のそれの顔をしている。

「ワタナベ私は知っているんだ!」

指揮官の気迫にワタナベは身をすくめた。

「ワタナベが空中庭園に買い出しに来てることを!植物の種、苗、布、燃料、構造体のパーツなどの置き場所に宿舎を使いたくはないか?」
「ぐっ!」
「負傷した構造体を受け入れて修理を施しオブリビオンに迎えているのも知ってる、修理のパーツをオーダーしたり受け取りに何回も来るのは大変だろう?リスクも増える・・・何なら配達先を私にしてくれても構わない」
「それは・・・有難いが指揮官にはなんのメリットもない」

指揮官は何の邪気もない琥珀色のキラキラした瞳でワタナベを見て言った。

「私は猫友・・・!友達が欲しいのだ!それに、さっきからうずうずしているのだがお前いい身体をしているな?戦闘スタイルはなんだ?私より10cmほど背が高い!手合わせしてくれ!」

気迫の籠った指揮官にガシッと肩を掴まれたワタナベは最後には首を縦に振った。

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

指揮官は柄になく浮き足立ちながら宿舎に戻った。
指揮官用の宿舎は構造体の宿舎とは一人部屋であるところ以外そう変わらない作りになっている。
指揮官はニヤニヤしながらベッドに寝転がった。

「猫友・・・友達」

指揮官は呟きながら頬を緩ませる。
由緒正しきエリート小隊の指揮官は友達はいない。
戦友、仲間という存在はいても純粋な友達はいなかった。

ゴロゴロとベッドの隅まで転がり移動した指揮官はベッドサイドに置いていた猫写真集を手に取った。

「ムフフッ可愛い~いいなぁ今度一緒に猫カフェに行きたいし・・・そうそうこのカワイさんの猫写真展にも行きたいなぁ・・・」

ニヤニヤと指揮官があれこれ考えている頃、オブリビオンのリーダーワタナベはオアシスにて悩んでいた。

『なんだあの指揮官は?危機感はないのか?』

帰り際に渡された私用の識別コードアドレスのメモを手に悩む。

『帰ったら連絡してくれ絶対だそ!』

あの後に少しだけ手合わせをした、女性指揮官なのに接近格闘術に長けていて驚いた。
しかもナイフを極めたいから教えて欲しいと迫られてどうしたものかと思ったが少しだけアドバイスをした。
なんだあの指揮官は・・・ワタナベはため息をつく。
敵対する組織って分かっているのか?はぁ・・・まったく子供みたいな人だったな。
スラリと長い手足は舞うように技を繰り出し綺麗だった。
帰り際に屈託ない笑顔でまた会おう!と言われたワタナベもくすぐったい気持ちになった。

しょうがないとワタナベは通信機を兼ねている携帯に識別コードを入力。

"無事帰宅"

とだけ書いてメッセージを送った後に自分のベッドに入った。

翌朝、起きると指揮官からのメッセージが沢山入っていて驚く事になる。

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構造体殺しと渾名されるコールダック隊指揮官は苛立っていた。
長きの間空席だったグレイレイブン隊の指揮官に任命された生意気な女指揮官・・・少数精鋭で自身も戦場に立ち次々と軍功を上げている。
コールダック隊指揮官とて無能ではないが実践は苦手な方で人間は指揮を執り戦場は構造体に任せればいいという考えを持っていた。
だいたい地球上はパニシングに侵される危険がある。血清を頼りに地上に降りて指揮を執るなど絶対にしたくないと思っていた。
なのにあの忌々しい赤毛女はことある事に構造体はモノでは無い元は人間なのだからもっと待遇の改善を・・・だとか使い捨てではなくちゃんと休暇とメンテナンスをすれば結果的に軍費の節約に繋がるとか・・・自分とは全く違う考えを声高に述べる。
コールダック隊指揮官の家はいわゆる名家、昔を遡ると貴族という階級で自身も選民思想を持っていた。
要するに構造体に志願したものは貧乏人の成れの果て身を売るしか無かった卑しい階級である、そう頑なに思っている。
そんな二人が合うわけがなくたまに合えば嫌味の舌戦になる事は必定、殴り合いになっていないのが不思議な状態にくらい二人の関係は最悪だった。
まだ今までは年長者でもあるコールダック隊指揮官は軍内部においてグレイレイブン隊より上にいた
運輸活動を任務を悪用し軍上層部にバレないように軍用品を横流し利益を得、また地球上で見つけた過去の貴重な美術品等を軍上層部のお偉方に贈答し地位を確立していた。
が、それも最近まで事でグレイレイブン隊の指揮官が着任後、なかなか駆逐できなかった侵蝕体の駆逐に次々成功し未確認だった昇格者の存在も解明されつつある・・・
すなわち軍が軍らしく機能を始めると今まで不正を働き私腹を肥やしていたコールダック隊の指揮官としては物資を滞りなく運輸する必要があり物資の横流しや構造体に地球上にある美術品や金目のものを物色させる時間も減り、横領の利益も上層部へのご機嫌伺いもできず正にグレイレイブン隊指揮官は目の上のたんこぶそのものであった。

「全く忌々しい女だ・・・」

ギリギリと歯軋りをするコールダック指揮官はグレイレイブン隊指揮官をその地位から引きずり下ろしてやろうと虎視眈々と目論んでいた。

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「ワタナベ!!」
「あーグレイレイブン隊指揮官殿?」

今日は二人でお出かけの約束をしていた。
補佐のリーはオブリビオンのリーダーと猫友になった!と言われた時はかなり慌てたがまぁワタナベの性質から悪い結果にはなるまいと容認した。
またルシア、リーフも軍から捨て置かれた構造体をワタナベが仲間として受け入れている事実を知り近い将来、空中庭園オブリビオンは和解すると信じ二人の友達関係を緩く見守っていた。

そう見守っていたのだ・・・グレイレイブン隊指揮官はワタナベの話をする時は空気が変わるのをいち早く察知した隊員全員で指揮官の淡く芽生えたものが育つか枯れるかを見届けることにしたのだ。

「明日、ワタナベと猫カフェに行くんだ!帰りに猫写真展にも寄りたいし・・・楽しみだから書類仕事大至急で終わらせるから!」
「はいはいワタナベとのお出かけ前に・・・これだけは処理しましょうか?」
「ゔっ」

書類用タブレットには数十枚はあろうかという枚数が示されていて指揮官は眉を顰める。

「リーよりによってクソめんどくさい案件ばかり・・・」
「さぼってるからですよ指揮官、明日のお出かけのために頑張りましょう」
「分かった」

リーが頭のいいゴリラ女と言っているように指揮官は事務仕事も優秀だった、ただ性にあわないからとサボりがちにはなっていたが・・・その後、明日は猫カフェ!と心に誓った指揮官は予定よりも早く仕事を終えた。

「ワタナベ!早いな」

空中庭園の繁華街にあるターミナル前での待ち合わせにワタナベはソワソワして彼女を待つ。

「ああ・・・何となくな」

じっとワタナベが指揮官を見ると指揮官は白いワンピース姿で・・・赤い髪は編み込んでまとめ上げており白いつばの幅広い帽子を被っていた。
背は高いが上品さが漂っていていつもの軍服の姿と違っていてワタナベは緊張した。

「ワタナベ!今日は・・・いつもと違うな?」
猫カフェに行くって言ったらオブリビオンの仲間達にいつもの格好はダメだと言われたんだ・・・街中で目立たぬようにとジャケットとシャツと・・・変か?」
「ううん似合うな?私もリーとルシアとリーフに軍服ではおかしいと止められてしまってな・・・変じゃないか?足元がスースーする、スカートなんて子供の時くらいだから・・・12年振り?」
「じゃ行こうか指揮官」

指揮官と呼ばれ顔が曇る彼女にワタナベが首を傾けた。

「ワタナベ・・・指揮官はやめよう」
「そうか目立つからな」
「いや違う今日はプライベートだからお休みだから・・・指揮官もお休みだから」
「・・・・・・なんて呼べばいい?」
「本名は・・・目立つ・・・誰にも言ってないがミドルネームがある」
「なんという名だ?」

ちょっと間を置いてから指揮官がポツリと言う。

「・・・ロサ」
「ロサ?」
「髪が真っ赤だろ?だから母が絶対美人になるってレディにふさわしくって・・・レディにはなれなかったけど・・・」
「ああ・・・深紅の薔薇でロサ、指揮官みたいだな」

フッと笑ったワタナベに指揮官が真っ赤になった。

「どうした?」
「指揮官以外に呼ばれたことないから・・・ちょっと・・・照れる」
「ぷっ行こうロサ、私も猫カフェは・・・実は初めてで楽しみにしてたんだ」
「そうか!私は予習したから任せてくれ」

猫カフェに行くまでの道のりにクレープ屋があったクレープ屋を見て指揮官が立ち止まると立ち止まった指揮官にワタナベがフッと笑い声をかけた。

「ロサ、食べたいのか?」
「いいのか!基地では滅多に食べれないんだ」

ワタナベは甘いのは苦手と食事代わりにそば粉のクレープを注文した後に先にベンチに座って待っていた。

「ロサ・・・それは?」
「悪いか?」
「いや悪くは無いが・・・」

クレープ屋からワタナベの隣に座った指揮官の手にはクレープが三つ。
一人では多過ぎる量にワタナベはちょっと困った顔をした。

「イチゴとチョコバナナと期間限定マンゴーだ!」

嬉しいを体現した笑顔にワタナベはつられて笑ってしまう。

「ああ見ただけで口の中が甘くなりそうだ」

「ひっ一口くらいならやってもいいぞ」

ちょっと迷って言った指揮官に本当に子供のような人だとワタナベは思った。

「いや・・・ロサが一人で食べればいい楽しみにしてたんだろ?」
「うん!イチゴ・・・甘酸っぱくて・・・おいひぃー」

はむはむとクレープを頬張る指揮官をワタナベは愛し子を見るように眺めている。

「あっワタナベのは?そば粉クレープ?卵とハムとチーズ??」
「ロサ・・・食べながら話さない、お行儀が悪い」

そう言ったワタナベが指揮官の口元に付いてる生クリームを指で掬いとる。
それからそのまま指についた生クリームをペロリと舐めた。

「わっワタナベ!」
「あっ悪いつい、甘いな?」
「ワタナベ~!!」
「なんだ怒ってるのか?クレープ買ってやろうか?」
「・・・・・・違う・・・恥ずかしくないのか?」

そう言われたワタナベの頬がみるみる赤くなる。

「たっ他意はない!ついうっかりだ・・・・・・すまなかった」
「そ・・・そうだな・・・騒いで悪かった行くか?」

猫カフェに行くまでの間、指揮官はずっとワタナベに話しかけていた。
自分より背の高い男性と歩くのは新鮮だなと少しだけ浮き足立ちながらほんの少しだけデートみたいだと思いながら歩いていた。

「そうなんだ・・・軍の食堂はボリューム満点なんだけど・・・デザートがなぁ・・・」
「身体が資本だしょうがないだろ?鍛えるためだ」
「ワタナベも昔は軍にいたんだろ?大盛りカツカレートリプルX食べたことあるか?」
「あれは常人の量じゃない」
「私は食べたぞ!」
「ロサ、胃は丈夫な方か?」

喋りながら辿り着いた猫カフェは最高だった。
もふもふのラグドール、活発で遊び好きなアメリカンショートヘア、足の短いマンチカン色んな種類の猫を抱っこしたり猫じゃらしで遊んだり・・・ここでもワタナベは猫に大人気だった。
膝にはラグドール腕にはマンチカンを抱いていた。
指揮官も膝にロシアンブルーが乗っている。
それなのに指揮官はちょっとだけ面白くない気持ちになった。

『私にはしょうがないなぁって感じなのに猫には優しくない?今だって猫の頭を優しく撫でている・・・し』

「どうしたロサ、ロシアンブルーの重さで足が痺れたのか?」
「・・・ワタナベは本当に猫が好きなんだな?優しい顔してる」
「猫は可愛いな」
「猫は?」

拗ねたように口を尖らす指揮官にぷッとワタナベが笑い指揮官の頭をガシガシと撫でた。

「ロサも可愛い」
「ワタナベ!髪が!せっかく編み込みにしてもらったのに~」

猫カフェでひとしきり遊んだ後に猫写真家のカワイさんの"空中庭園ネコ歩き"展を見に行った。

二人でやっぱり野良猫は自由でいいなと話して最後には同じ写真集を買って展覧会場を後にする。

楽しかったと思いワタナベは基地まで指揮官を送り基地前の門で別れを告げた。

「じゃロサまた」
「待ってくれワタナベ!」
「なんだもう暗い、夕食には戻るって約束したんだろ?」
「ずっと渡そうと思っていたんだ・・・これ」

そう話すと困ったような顔で指揮官がワタナベに小さな袋、その手のひらサイズの袋には輪っか状のものが入っていた。

「見てもいいか?」
「ワタナベの為につけて欲しい!ほんの微弱なものだから・・・」

ワタナベが袋を開くといつもの使っている髪を纏めるヘアゴムの一部に特殊な金属が編み込まれていた。
ワタナベはすぐにそれが何かを察知して呟く。

「逆元装置・・・」
「一緒に戦う訳では無いから、パニシングウィルスの障壁になればと・・・意識海を覗いたりまでの強さは無い」
「指揮官としてか?」
「いや友達として心配だからだパニシングウィルスは危険だ」
「逆元装置など首輪にしか思えなかった」

首輪という言葉に指揮官は眉をひそめた。

「ワタナベ・・・悪かった渡してくれ持って帰る」

受け取ろうと指揮官が差し出した手のひらに、ワタナベは古いヘアゴムを髪から外して渡す。

「え?」

唖然とする指揮官の前でワタナベは眉一つ動かさず指揮官の用意した逆元装置付きのヘアゴムで髪を結んだ。

「誰の首輪も御免だが・・・ロサならいい」
「ワタナベ!」
「ロサ、早く帰らないと私がリーにネチネチ言われる」
「分かった!」

基地に走って入る指揮官を見送りワタナベはくすぐったい気持ちでオアシスに帰った。

その日、指揮官が基地に戻らなったことも知らずに──────

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

ビービーッ

早朝に鳴るけたたましい音はオブリビオンが襲撃を受けた時の緊急呼び出し音だった。

「襲撃か!」

慌ててワタナベがベッドから飛び起きた。

携帯端末を起動すると人物の姿が液晶画面に浮かび上がる。
レイレイブン隊の指揮官補佐のリーだった。

「リー!なぜこの回線に?」
「やかましいですよワタナベ、要件だけ伝えますから記憶してください」
「聞くだけなら」
「指揮官が昨夜から帰らない、行き先を知っていますか?」
「なっ!基地までちゃんと送った」
「なら基地内か基地から攫われたか・・・」
「リー指揮官の行方が分からないのか?」
「はっ・・・僕達が馬鹿だったんですよ指揮官とあんたのプライベートを覗かないようにと逆元装置を少しだけ故意的に意識海から遠ざけていた、夜になっても帰らないので流石にマズいと思った僕達が指揮官のマインドビーコンを探ろうとしたら見つからない」
「どういう事だ?!」
「何者かが・・・まぁおおよそ分かっていますが、逆元装置の識別コードを書き換えて隊員と指揮官の繋がりを断つ」
「逆元装置が切れてもお前の解析能力なら居場所が特定できないのか?」
「動けない」
「は?」
「動けないから!アンタの緊急回線に割り込んだろ?!僕達は今、軍用品を横領した容疑で査問委員会に呼び出されるまで基地に軟禁されている」
「横領?」
「つまりはこうだグレイレイブン隊はサンドワールプール探索時にオブリビオンと組んだ。本来、地球上で得た物資は空中庭園に全て持ち帰るのがルール、持ち帰る物資の一部…大半とも言われたな…をオブリビオンに保管しグレイレブン隊とオブリビオンが私腹を肥やしている。今回、指揮官が基地に戻らないのは横領が発覚しそうなのを察知し、オブリビオンのリーダーの手を借り地上に出奔した。よってグレイレイブン隊は解散し僕達、構造体は初期化後、それぞれ別隊に所属させる・・・がアノ中隊長の筋書きだと思われる」
「私はそんなことはしていない!」
「していなくともでっち上げられた!油断した・・・アイツがそこまで頭が回るとは思わなかった、僕の落ち度だ」
「リー」
「ともかく時間が無い僕達が査問委員会を放棄して逃げ出すと指揮官の立場はますます悪くなるだろう・・・僕達だって今の、あの指揮官だからこそ命を預けれた・・・ほかの指揮官なんて御免だ・・・今から僕達は査問委員会までの時間をでっち上げられた罪の証拠を覆すためにデータの分析作業に入る、だからワタナベに頼みたい事がある」
「分かった」
「指揮官を貶めたのはワタナベの元いた隊のアノ指揮官だ、アイツの考えそうな事は分かる、エリート小隊の指揮官として頭角を現す女指揮官が気に入らない、元部下で出奔した生意気な構造体も気に入らない、だから自分の横領の罪を一切合切押し付けて失脚・・・もしくは最悪は消すだ」

消す・・・その言葉に頭が真っ白になったあの指揮官と会えなくなる子供みたいに笑うあの人と。
身動きも何もの発しないワタナベにリーが苛立ったように更に言葉を重ねた。

「ワタナベ!指揮官を探してくれ・・・もし、万が一のことがあれば・・・僕はこの空中庭園を地球に落とす・・・初期化なんてくそ食らえ!腐った連中に使われるくらいなら昇格者になったほうがマシだ!!」
「リー私は・・・オブリビオンのリーダーだ」
「時間が無いワタナベ、僕はギリギリまで耐える。空中庭園を落としたら、うちの甘ったれ指揮官が悲しむだろうから」
「リー私は・・・」
「行くんだよワタナベ!アンタしか動けないんだ・・・頼む・・・行けよ!!」

                                            • ブッ

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

ふう疲れたとコールダック隊長はひとつため息をついた。
この策を考えついたのは一月ほど前に以前に飼っていた構造体がグレイレイブン隊に出入りしていると密偵からの報告があったからだった。
コールダック隊長は欲深く小心者ゆえに用心深い、今までは輸送中に軍用品が破損、盗難等の理由付けで積荷三割ほどを売り捌き利益を得ていた。もっとも利益の大半は上層部への賄賂・・・賄賂を送る理由は更なる出世のため布石だった。
家柄に相応しく出世望むが地上に降りるなんて野蛮な事はしたくない、考えた末に自分に相応しい地位として作戦本部への異動希望をしていた。
コツコツと小金を定期的に送り人脈得て上層部に顔を覚えてもらいと長年かけて培ってきた努力をついこないだ就任したばかりの若いしかも女に全てを奪われそうな焦燥感、自分が出来ない、やりたくない地上に降りての作戦指揮を易々とこなしてなし得た数々の軍功で自分が媚びへつらい培ってきた人脈を上層部への覚えも全てを奪われてしまった。
ついには今まではかなりの金品芸術品を贈ってきた相手に言われたのだ。

『貴様も軍人らしくグレイレイブン隊の指揮官を見習ったらどうだ?』

頭にきた今までは散々甘い汁を自分から得ていた相手からの蔑みの言葉に・・・だから臆病者としての最善の策を考えた。
自分を小馬鹿にした相手を自然死見せかけて殺害、その遺品整理中に横領した金品の送り主をグレイレブン隊指揮官の名にすり替えてご丁寧に隠し金庫のデータバンクに混ぜ込む。
レイレイブン隊の小賢しい構造体に邪魔をされぬように識別コードを書き換える。
これも偶然を装って、識別コードは軍用と個人用がある、個人用はさすがに触れないが軍用は中央監視室にて変更が可能だ。
軍用識別コードは悪用されないように定期的に変える必要があるが本来、一週間前に間の開くことが無いように変更される・・・その時期をずらしておいた。
そのマインドビーコンが切れたときを狙いグレイレブン隊指揮官を攫い嬲り殺す。
我ながらあくどい策を練ったものだとコールダック指揮官は嗤う。

『何、卿がいけないのだよ女は女らしくしていれば良いものを・・・ワタナベは野良らしく地ベタを這いつくばっていれば良かったのだ・・・両方まとめて屠るチャンス・・・ならばグレイレブンのはまだ生かしておくか・・・だが屈辱を・・・女ならではの辱めを与えてやろう』

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

─────────ピチュピチュ

どこかから鳥の鳴き声が聞こえる・・・頭、頭ガンガンする・・・痛くてぼぉっとする・・・あれからワタナベと別れて・・・・・・どうなった?!

指揮官が目を覚まし起き上がろうとした・・・が、身体が起き上がらない。

「なっ!?」

指揮官の両手は鎖で繋がれてベッドサイドに両手を広げるような形で拘束されていた。
自分の状況を冷静に分析すると昨日、基地に入ってすぐに背後から拘束されて薬を嗅がされ拉致されたと思われる。
その証拠に薬の後遺症か頭はガンガンと痛むし喉の奥はひりついていた。
基地に入ったとは言え油断していたと反省する。
指揮官が鎖を外そうと身を捩るが鎖はビクともしない・・・ガチャガチャとした音だけが暗い室内に響いていた。
どこかの牢獄のような個室の壁上部に明かり取りの窓というには小さな隙間がありその部分に鳥が集まっているようだった。
もしかすると半地下の空間なのかもしれない。

ギッ──────────

鉄の扉が開くと三人の男性型の構造体が入ってきた。

「目が覚めたか」
「誰の命令だ」
「起き抜けに可愛くねぇ女」
「スカート?軍人のくせに色気づいちゃって」

リーダーとおぼしき人と二人の部下の三人組。
部下の一人がスカートの端を持ち上げる。
足は拘束されていないが暴れたところでどうしようもないと指揮官は黙ってリーダー格の構造体を睨んだ。

「悪いな依頼主の命令だ」
「別嬪さん悪いね」
「そーそー俺らも好きでやるんじゃないからね?抵抗しても丸腰のあんたじゃ構造体には敵わないだろ?」
「命令は誰からだ?」
「へぇ何されるか分かってるのに気丈な女だな?」

リーダー格の男が指揮官の胸元を力ずくで開くとボタンが何個か飛び散った。
スカートもビリビリと切り裂いていく指揮官をいたぶりながら辱める魂胆のようだ。

「知らなくてもいいだろ?依頼主はよっぽどアンタが嫌いらしいな?辱めてどこかに晒すんじゃないのか?まだ殺しまでは依頼されてない」
「そうか・・・」

ならまだ逃げだすチャンスはあるそう思った指揮官は構造体の寝首を搔くにはどうすればいいだろうか?一人なら何とかなりそうだがと考える。

「泣きもしないか・・・さすがワタナベの女だ・・・いいぜ可愛がってやるよ」

リーダー格の構造体が指揮官の頬を撫で上げる・・・その感触にゾッとしたが心は冷えていてただ一人の人を考えていた。

汚される・・・軍人になった時からこういう事もあるかと覚悟はしていた・・・でも今は綺麗でいたいと思ってしまう自分が情けない・・・この気持ちはまるで私がワタナベに恋をしているみたいではないか?
軍人として今は身体を好きにさせて逃げを打つ算段をすべきなのに・・・

思うようにならない気持ちを持て余した指揮官は黙って瞳を閉じた。

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通話が切れた後にワタナベは着替えをすませ髪を結ぶ為にヘアゴムを手に取った。

────────キィン

昨日、貰ったヘアゴムから指揮官と繋がった感覚がした、微弱だが微かに指揮官とのマインドビーコンとの繋がりを感じる。
何故だ?識別コードは書き換えられたとリーは言っていた、何故?

『指揮官としてか?』
『いや友達として心配だからだパニシングウィルスは危険だ』

心当たりがあるとしたら個人識別コードとの繋がりだ。
逆元装置は体内チップと繋がっている、チップは二つ個人用と軍人用、個人用識別コードは連絡用の一般的なものとは違いその人間が生まれ落ちた時から決められる個人を証明する大切なもの。
友達として軍用ではなく個人識別コードと繋げたのか?個人識別コードは生まれた時から死ぬまで変わらない、その識別コードを交換し合うのは夫婦や家族くらいの近しい関係のみだ。

『あの人は・・・全くただの友達に破格の扱いだ、だが助かった』

通常よりステルスに特化した装備を装着、オブリビオンには迷惑は掛けないそう決め、一人で行く準備をする。

『ブルース、馬鹿だと思うだろ?任務でもなくただ女を助けに行く・・・でもお前なら笑って許してくれるはずだ』

取り残された人々を救う為に戦死した友の志に比べれば私の行為は全くの私怨でしかないが、きっとブルースなら笑って送りだしてくれる・・・そう勝手な解釈をして私はオアシスを後にした。

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「ひーっひっひ・・・いや!滑稽だ!」

コールダック指揮官はある報告に卑下た嗤いが止まらない。

報告にある添付映像にはあの忌々しい女が写っていた、衣服を裂かれ顔は痣だらけになり血が所々に付いる痛々しい添付画像。

「私に逆らうからだよグレイレイブン隊の指揮官殿が構造体に女としての矜恃を奪われ暴行され泣き叫ぶ様を見てみたかった・・・画像ではなく動画にすれば良かったな・・・そうだコレを奴に送ってやろうそして二人ともあの世に送ってやる」

そうコールダック指揮官は言った後にある回線に今の画像を添付してメール送信した。

「お前の女を返して欲しくば今夜、基地内軍用倉庫#13に、生きて返して欲しくば一人で来い」

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ヴゥヴゥヴゥ・・・

夕刻に空中庭園に入った頃、ワタナベの通信機がバイブ着信をした。
タイトルも差出人も空欄のあからさまに怪しいメールを開くと呼び出しの文と指揮官の暴行されたと伺わせる写真が添付されていた。
ワタナベは見た途端に身体中の循環液が沸騰するような気がし瞳孔が開いたまま何も考えられない。
耳の機能も目の機能も何の異常も告げてはいないのに世界が真っ白になった感覚。
これは怒りだ、純粋な怒りだ・・・殺してやる・・・彼女が味わった倍以上の痛みと苦しみを与えてやろう。
頭の中が一気に沸騰して瞬時に冷え五感が研ぎ澄まされる奇妙な感覚。

『あの人は壊れてしまったかもしれない、かまわない生きていさえすれば・・・私がこの先、ずっと守るから・・・・・・だから生きていてくれ』

そう願う気持ちと傷つけた相手を惨殺するのを考え愉悦する気持ちを抱えながら夜を切り走る姿は正に刃のごとくで、思う事は指揮官のことばかり、猫を抱く指揮官、メールの返信が遅いと膨れる指揮官、クレープを頬張る指揮官・・・ミドルネームを自分にだけ教えてくれた事を思い出すとフッとワタナベの口角が上がる・・・リーの言う通りだあの人がいなければこんな腐った世界、空中庭園なんて落としてしまえばいい─────


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「クソッ!なんでアクセスできないんだよ!でっち上げたデータの確認すらできないのか?!」
「リー落ち着いてください私の方も打つ手無しですが・・・まだ別の方法で」

基地内の宿舎に軟禁状態のリー、リーフ、ルシアの三人はでっち上げられたデータの解析すべくアクセスを試みるが全て失敗し苛立っていた、この一瞬にも指揮官の身に何が起きているかと考えると気が気ではない。

「クソッ!頭にきますね・・・かまわない落としてしまいましょう」
「リーそれは駄目だ、指揮官は地球を人を構造体をも気にかけている優しい人だ」
「ルシア!!それもあの人はあっての事だ!いなければ・・・そんな未来は・・・いらない」

─────────カチャ

不意に開いた扉にグレイレイブン隊員全員が振り向いた。

「リーあなたはまたそんな事を・・・リーは身内には際限なく甘い、守るためには何をするか分からない危険な意識海を持つ・・・あなたが空中庭園の推進力システムに不正アクセスしたのは分かっています」
「あなたは!!」

査問委員会前に武器を取り上げられたルシアが体術の構えを取るとその人物は手を挙げて静かに話し始めた。

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ギッギッ───────ッ

#13倉庫に入る木箱が乱雑に積まれた場所の真ん中に木箱を椅子がわりにコールダック指揮官が座っていた。

「ワタナベ久しぶりだな?可愛がってやった恩を忘れて野良になってから何年経つのか・・・」
「話す事は何も無い指揮官はどこだ?」

コールダック指揮官は眉間に皺を寄せた。

「お前はいつもそうだ主人に従順に見せかけてもいつも言うことをきかない」
「あなたと私の考えは違う・・・だから私は地上に降りた」
「お前は使える構造体だから優遇してやったろ?」
「その考え方が合わない」
「構造体ごときが主人に逆らうな」
「平行線だな・・・グレイレイブン隊指揮官に会わせろ私は苛立っている死にたくはないだろ」
「連れてこい」

コールダック指揮官が右手を上げると裏から構造体が指揮官を連れて現れた。

手錠をかけられ手は前に、髪は乱れ顔は痣と血で汚れている。
服装は白かったワンピースは薄汚れ胸元のボタンはなく大きく開いたまま、スカートはボロボロに破れていた。
ワタナベの意識海が沸騰する・・・が奇妙に落ち着いた気持ちになった。

「どうだワタナベ!自分の大事な女が嬲られた気持ちは!!私も味見してやろうかと思ったのだがあまりに汚れていたので興が削がれたのでやらずじまいだ・・・大人しくなったろ?先程から一言も語らぬわ!仕置がすぎたかなもしれんな?だが女は静かな方がいいそう思わぬか!!はっふっふっふーはっはっは誇り高きグレイレイブン隊指揮官がこんなザマに・・・はっはっはおかしいではないか!」

ワタナベはコールダック指揮官の話を聞き流しながら逆元装置に集中する、微弱なものと言われていたがマインドビーコンから伝わる指揮官の意識はとても落ち着いた状態で暴行された直後の女性とは思われなかった、痛みの感情も伝わらない事に違和感を覚える。

"大丈夫ワタナベ大丈夫だから"

そんな声がした気がした。

"ワタナベ合図したら頼む"
"分かった危険な事はしないでくれ"
"ふっふっ大丈夫でもありがとうワタナベ"

「ワタナベも静かになったか・・・自分の女を盾にされたらぐぅの音も出ないとは!オブリビオンのリーダーも大したものでは無いな、連れて来い」

構造体がコールダック指揮官に引き渡すまで歩く指揮官は足元もおぼつかずフラフラと歩く、その力ない歩みをニヤニヤとコールダック指揮官は見ていた、そして手錠の間の鎖を渡された拍子にぐらりとバランスを崩した指揮官の身体が前のめりに倒れる、その時、指揮官がコールダック指揮官の鳩尾に肘をくらわした。

"今だ!"

鳩尾に肘をくらい身体をくの字になったコールダック指揮官にワタナベが前傾姿勢で喉元に刃を打ち込んだ。
血飛沫は出ない峰打ちとはいえ懇親の打ち込みはコールダック指揮官の声を奪ったようだった。

「ああ!ワタナベ!尋問できないではないか!!」

先程、ふらついていたとは思えない足取りで指揮官はワタナベに近づいた。

ヒーヒーと喉に手を当てのたうつコールダック指揮官を見ているだけでその手下と思われる構造体は1ミリも動かない。
その構造体をワタナベはギラリと睨んだ。

「ちっ違いますよー!ワタナベさん!俺達はワタナベさんの女に何もしてませんて!ほら!ほら俺達の機体は今日は戦闘用ですもんね?俺達はビアンカさんに雇われてコールダックの野郎を調べていただけです!グレイレイブンの指揮官をやっちゃったり本当に殴ったりなんてしたらビアンカさんに殺されますから!」

「ワタナベ!!」

そのワタナベに指揮官が抱きついた。

「しっ指揮官大丈夫なのか?」

心配そうに辛そうに指揮官を伺うワタナベに指揮官がニカッと笑った。

「大丈夫だ!来てくれて嬉しい・・・ほんのちょっとだけ怖かったから」

ぎゅうぎゅうと抱きつく指揮官にワタナベが焦る、ビアンカの部下たちの生ぬるい視線が痛い。

オブリビオンのリーダーみんなの兄貴にもついに春が来たんですねぇ・・・安心してください彼女さんの傷もメイクですから!」

要するにビアンカの粛清部隊がコールダック指揮官の不正を捜査中だったという事かとワタナベは首を捻る、この構造体三体は潜入捜査中にグレイレイブン隊の指揮官を攫うように命令され暴行したふりを装ったという事か?

「指揮官・・・後から話は聞くから・・・その離れてくれないか?」

抱きつく指揮官を宥めると指揮官の声が小さくなっているのに気づく。

「うん・・・」

「指揮官?」

抱きついたままズルズルと倒れ込むように意識を失った指揮官をワタナベが横抱きにした頃、ビアンカ率いる粛清部隊が倉庫に乗り込んできた。
ビアンカの登場に構造体の三人が胸に手を当て敬礼し背筋を伸ばす。

ビアンカ?!」
「ワタナベさん久しぶりです。コールダック指揮官の捕縛ありがとうございました」
ビアンカ、説明してくれ」
「説明よりまずグレイレイブン隊の指揮官の治療が大事でしょう」
「怪我はないようだ、わざと汚されてはいるようだが・・・」
「ふぅ・・・おそらく指揮官は丸一日飲食をしておりませんし睡眠も取れていないでしょう」
ビアンカ・・・憐れむような目で見ないでくれとりあえずグレイレイブン隊の宿舎に連れて行けばいいか?」
「はい、指揮官が目が覚めたら事の顛末をお聞きになってくださいね?私が話すより良いでしょう?」
ビアンカ、怒っているのか?」
「いえ?とんでもないです・・・ただ空中庭園を出奔した事は些か腹立たしくはありますね?」
「・・・分かった、とりあえず指揮官が心配だから連れて帰る」
「そうそうグレイレイブンのリーは空中庭園を落とそうと本気で考えていたようですからしばらく宿舎での謹慎を言い渡しました。ですので指揮官はリーフに任せるように手配済みです、では」

ビアンカはワタナベを一瞥した後に三人の構造体と共にコールダック指揮官を引き摺るように連行していった。

ワタナベが眠ってしまった指揮官を連れてグレイレイブン隊に戻るとリーフに処置を委ねた。
指揮官の汚れた様を見てリーフは半泣きにワタナベの仕業と思ったルシアには抜刀されワタナベは慌てて釈明する事態になったが指揮官の容態はいたって健康。
寝不足と過労に近い状態とリーフに説明されたワタナベはずっと指揮官のベッドサイドに座って彼女の目覚めを待っていた。
なぜ待っているのか?それは眠っている彼女の意識が逆元装置から伝わってきて帰るに帰れないからだ。

"ワタナベいる?"
"あなたのそばに居るよ"
"うん・・・"
"怖がらなくていい私が守る"

そう伝えると彼女の口元が僅かに上がった気がした。
逆元装置なんて首輪にしか思えなかった私が変わったものだと自嘲気味に笑う・・・だが繋がる喜びがあるのを知った今はこの指揮官こそが私のルールではないかとそう思った。

・・・目が覚めたら何をしてやろう甘いものが好きらしいから何か菓子を焼いてやるのがいいかもしれない、ワタナベはまだ目覚めない大事な人の手を握り夢うつつの中・・・このまま私の意識海とロサの意識が溶け合ってしまえたらいいのにと少女が夢見るような事を願っていた。



おしまい